クーデルカの「ジプシー」について:故郷チェコのプラハのthe Trades Fair Palaceで、「Josef Koudelka - Photographer」展が開催(2003)されたが、その際に、ラジオ・プラハが流した流した展評「A look at the Josef Koudelka retrospective 」by Jan Velingerで、写真集「Gypsies」の写真に対して一つの興味深い見方を、美術歴史家Anna Farova(アンナ・ファロヴァ-かつてクーデルカの写真を決死の覚悟で海外に持ち出したチェコのキューレター!)の説にそって展開している。 クーデルカの世界的に知られる「Gypsies」シリーズは、広く長く信じられてきた様なドキュメンタリーなルポルタージュではなく、そこにあったリアリティではなく、クーデルカが頭の中で想像し、感じたものを切り取ったもの、彼らがそこにそう現れるだろうとクーデルカが正確に考えたシーンを、親密だが、静かで完全なコンポジションのもとに制作したものだと、いう。なるほどクーデルカは写真家宣言する前に、航空機のエンジニアに飽き足らずシアター・フォトグラファーとして、演劇のステージを撮影していた。その世界ではきっちりセットアップされたステージと注意深く計算されたライティング、そしてグラフィカルな写真が求められたという。そこで思い出すのは、後にクーデルカはマグナムのメンバーになって以降も18余年にわたって依頼の仕事を受け付けなかったという事実だ。プラハ’68の激烈な写真が高く評価され、幸運にもマグナムの理解と援助、英国美術評議会やカルティエ-ブレッソンらの援助を獲ることができ、自らもジプシーのような日々のなかで辺境に生きる人々の暮らしや日常を撮影し続けることが叶った。航空エンジニアとして働いていたのも航空エンジンを製造するのが夢だった様で、誰にも制約されることなく自由に世界を飛び回りたい気質が、自らの故郷・モラヴィアのジプシーたちに流れる風と歌に出会い、図られた演劇にはないものを無意識のうちに再発見、再認識したのだろう。クーデルカ自身、どうしてジプシーを撮り始めたのか自分でも分からない、ただ無性に撮り続けることができたと語っている(彼自身の地方出身のモラヴィアなのだ)。
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